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一度退職したミクシィでCTOを務める村瀬龍馬。社外で見つけた“技術以外の武器”とは

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株式会社ミクシィの取締役 執行役員CTOを務める村瀬龍馬さん。ソフトウェアエンジニアとしてSNS「mixi」の急成長を支えた後、複数のゲーム会社で取締役を歴任。2013年に再びミクシィへ復帰し、RPGゲーム「モンスターストライク」の開発を担いました。

夢中で働く若手時代を経て、現在はCTOとして、メンバーの想いに寄り添うマネジメントを追求する村瀬さん。プログラミングとの出会いに遡り、キャリアの変遷を伺いました。

プロフィール| 村瀬 龍馬

高校卒業後、ゲームの専門学校に半年在籍するも「早く働きたい」という想いから、2005年に株式会社イー・マーキュリー(現:株式会社ミクシィ)に入社。SNS『mixi』の開発に携わる。2009年に1度退職し、ゲーム会社の役員や京都のゲーム会社でエンジニアなどを経験。2013年に株式会社ミクシィに復帰し、別部署を経て『モンスターストライク』の開発部署に異動、XFLAG開発本部 本部長としてXFLAGのエンジニア全体を統括した後、現在は執行役員CTOを務める。2019年6月、取締役就任。

ゲームの専門学校を半年で辞め、ミクシィへ入社するまで

──村瀬さんは、いつからプログラミングを始めたんですか?

15、16歳のときですね。当時ハマっていたオンラインゲームを通して、たまたまゲーム業界で開発者として働く知り合いができたんです。彼からドット絵の作画や簡単なプログラミングを教わり、独学で勉強するようになりました。

初めて簡単なアクションゲームを作ったとき、少しコードを変えるだけで画面上のキャラクターが変わる様子をみて、とても楽しいと思いました。

そこからは上達するのが面白くて、寝ても覚めてもプログラミングをしていました。RPG(ロールプレイングゲーム)で経験値を積んでいくような感覚でしたね。

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──高校卒業後もプログラミングの勉強を続けたんですか?

続けるためにゲーム系の専門学校に進学したのですが、半年で退学しました。

──それはどのような理由で...?

授業より、自分の学習スピードのほうが速かったからです。その学校では、幸い優秀な人とチームを組み、一緒にゲームを制作できたので、企画の作り方やコードの書き方など知識やノウハウを吸収できました。

実際に仕事をしたほうが成長できるはず、プログラミングを早く仕事にしたいと考え、就職活動を始めました。

忙しすぎて記憶がない。サービスと向き合い続けた4年半

──そこからどのような経緯でミクシィに入社したのでしょうか?

当時はSNSの黎明期で、インターネットと実生活のコミュニティの垣根が少しずつ無くなっていました。その変化を面白く感じていたし、最先端のサービスで技術的に挑戦したい気持ちもあり、ミクシィに興味を持ちました。

未経験かつ専門学校中退でしたから、とにかく「なんでもやります!」と伝えた記憶があります。数年後、笠原さん(ミクシィ創業者の笠原健治氏)になぜ採用したのかを聞いたら「やる気があったから」と言われましたね(笑)。

──入社してからはどのような仕事を?

「mixi」の全システム、全ページ、全機能の改修と開発を担当していました。当時の「mixi」はユーザー数が60~70万人。SNSのチームには私含めて3名のエンジニアしかいませんでしたね。

しばらくすると、会社もサービスも劇的に伸びて、サーバーの拡張やインフラ整備、セキュリティの対応など、やるべきことは無限に増えていきました。開発組織の設計も必要になり、最後の方は上場の準備もあって...。新鮮で目まぐるしい日々でした。

──未経験からその環境で働くのは大変ではなかったですか?

技術を磨き、サービスを改善させることに夢中だったので、大変だとは感じなかったです。周囲には優秀なエンジニアがいて、彼らからいくらでも技術を学べる贅沢な環境でした。寝てるとき以外、歩いている間もずっと、mixiについて考えるのが楽しかった。ただ、あまりの忙しさに、在籍していた4年半の記憶がほぼないですね(笑)

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──覚えている範囲で、特に印象深かった仕事はありますか?

2009年に中国版mixiの立ち上げを担当したことですね。億単位のユーザーを想定して、システムを構築し、現地独自の機能も開発しました。並行して、現地のエンジニアに引き継げるように開発体制を整えました。リリースまで半年しかないなか、無事にリリースを乗り越えたときは、大きな達成感が得られましたね。

良いものをつくるために「エンジニア」にこだわらない

──その後、いつ頃から退職を意識し始めたのでしょうか?

中国版のリリースが終わったときですね。それまでは一つのリリースを乗り越えたら、すぐ次のリリースについて考えていた。けれど、そのときは先を思い描けなかったんです。燃え尽きたというか「学び尽くした」感覚がありました。

多少の迷いはあったのですが、数日考えても別の場所で挑戦したい気持ちが変わらなかったので、辞める選択をしました。割と直感を大切にしているので、切り替えが早いんです。

──ミクシィ退職後はどのようなキャリアを?

ゲームエンジン関連会社の日本法人立ち上げに携わった後、スマホアプリやコンシューマーゲームを開発する少数精鋭のゲーム会社でエンジニアとして働きました。ミクシィ時代からゲーム技術の動向はウォッチしていて、技術の発展に寄与したいと思っていたんです。ただ、二社での経験を通して「優秀なエンジニアになるためには、技術力以外の能力を身につける必要がある」と考えるようになりました。

──どのような経験をされたのでしょうか?

最初に入った会社で、ものすごく優秀な人と出会ったんです。僕なら数時間かけて行う作業を、数分でこなしてしまう。開発者として優秀な上に経営にも明るく、優れたプロダクトを次々と世に送り出していました。

それまで、僕はエンジニアとして技術を磨いてきたけれど、同じくらい優秀で、かつ他の分野にも詳しい人がいる。到底叶わないなと思いました。

と同時に、より良いものをつくりたいなら、技術だけを考えていてはいけない。視野を広げなければと感じました。

──技術を磨くだけでは不十分と感じた?

もちろん、技術を突き詰める道を選ぶのも良いと思います。ただ、僕は良いゲームやプロダクトを生み出したくて働いているのだから、「エンジニア」という肩書きに縛られなくても良いなと考えるようになりました。

当たり前ですが、経営企画やマーケティング、デザイン、法務など、あらゆる人を巻き込んで、一つのサービスが生まれるわけですから。必要なときに、必要な知識や能力を満遍なく身につけようと考えるようになりました。

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──次に少数精鋭の会社を選んだのも、“満遍なく身につけるため”だったのでしょうか?

それも理由の一つです。もう一つは、少数精鋭でどのように良いものをつくっているのかを知りたかったこと。その会社は、通常30人で動かすようなプロジェクトを4人前後で回して、質の良いゲームを世に送り出す。生産性が異様に高い組織だったんです。

入社してからはエンジニアとして働きつつ、周囲がどのように組織を構築し、ワークフローを組んでいるのかを観察し、自ら実践していきました。

モンスト成長の鍵は“想い”に寄り添うマネジメント

──その後、再びミクシィに戻ろうと思ったきっかけは?

当時のCTOから「戻ってこないか」と声をかけられたんです。打診を受けたのは2013年ごろ。ミクシィの業績が決して好調ではなかった時期です。会長の笠原を始め、私を育ててくれたミクシィには恩を感じていたので、離れている間に得た知識や経験を還元したいと思ったんです。

──再び入社してからはどのような業務を?

最初は子会社で新規企画やシステム改修を手伝い、入社から半年後にモンスト(モンスターストライク)のチームを担当しました。リリースしてすぐ急成長したので、サーバーの運用などを優先して進めつつ、エンジニアの採用や教育も行いました。

ゲームエンジンの使い方からゲーム開発の知識、ワークフローの構築など、前職や前々職の経験がフルに活きましたね。最初の4年半よりもマネージャーとしての仕事も増え、プレイヤーとしてではなく、マネージャーとしてプロダクトの成長に携わる面白さを経験できました。

──どのような部分に面白さを感じたのでしょうか?

モンストでは個人のゴールと事業のゴールの重なる部分を見出して、組織やワークフローを構築していったんです。メンバーが何を「楽しい」と感じ、どのように成長したいのか、その結果、どのように事業が成長するのか。それらを把握し、パズルのピースのように両方が満たされる組織を組み立てていきました。その結果、メンバーのパフォーマンスが最大化し、事業も成長させることができました。

──最初の4年半とは動き方や考え方も変わりましたか?

そうですね。組織を俯瞰してベストな動きができるよう意識していたので、エンジニアだけでなく、他部署の人とも積極的にコミュニケーションを取るようになりました。新卒の頃は割と無表情だったので、話しかけやすいよう、口角を上げて(笑)表情も変わったと思います。

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エンジニアが仕事に夢中になれる組織をつくりたい

──現在はCTOとしてエンジニア組織を構築する役割を担っていますよね。今後どのようなエンジニア組織をつくっていきたいか教えてください。

まずはメンバーと事業、双方にとって最適な組織を考えられるマネージャーを育てたいです。メンバーが夢中になって取り組める仕事を探りつつ、会社や事業も成長できる体制を整える。これは、目の前の仕事で精一杯だと難しい。基本的にマネージャーはメンバーが減ったら困るからです。

でも、エンジニアの想いやスキルを踏まえて他事業のほうが良いなら、動いてもらったほうが長期的にはプラスになる。一人が減った分は業務を効率化するなり、新たに人を採用すれば良いわけですから。

──徹底して、個人の想いやモチベーションに寄り添おうとしているんですね。

モンストでの経験を通して、人は夢中になっているときに最もパフォーマンスが上がるし、幸せになると実感したんですよね。マネージャーの役割は、メンバーがその状態に辿り着けるようフォローし、会社や事業にも貢献できるような環境を整えることに尽きると考えています。

──メンバーが何に夢中になれるかを引き出すために、村瀬さん自身が1on1などのコミュニケーションで意識していることはありますか?

経験則にもとづく決めつけを押し付けないようにしています。一人ひとりをよく見て、どのような感情を抱えているかを考える。相手の目や表情、声もよく見ますね。顔を見ていれば、「あまりこの話は響いていないな」とかすぐわかりますから(笑)。そうやって観察し、適度に雑談も交えつつ、メンバーの想いを深掘りしていきます。

相手を見るだけでなく、自分がどう振る舞うかも実験しています。心理学やリーダーシップの本を読んで、口角を上げるなど、表情や身振り手振りを変えてみると相手の反応も変わる。今後も試行錯誤を続けながらメンバーと向き合っていきたいですね。今はそれが僕にとって、最も夢中になれることなのだと思います。

──ありがとうございました!

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